本日は休養:間違いなく風邪

昨日の風邪の症状が本格化して、今日は一日中寝ていました。

主症状は熱と喉の痛み…。
数時間おきにmax量のTylenolを飲み、ネックウォーマー、マスクをして布団にこもっています。
さっき血痰が出たので、喉の戦いは終わりに近づいていて、今後は鼻水に移行していく気配。
風邪の症状を一気に駆け抜けそうな雰囲気なので、ここからしっかり睡眠時間を取れば明日の午後には練習に行けるかも…。

昨日楽器を持ち帰っていたらわざわざ大学にいかなくても指だけ練習とかできたのになぁ。
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「息継ぎ」について個人的に思うこと

ネットのクラリネットコミュニティーで息継ぎのことが話題になっていました。

よく「お腹で息を吸う」だとか「腹筋で息を支える」だとか言いますが、あんなのは嘘です。
空気は肺に入って行くのであって、お腹に入るわけではありません。
人間は肺呼吸の動物ですから。
むしろ喉や腹筋に力を入れたら息はスムーズに入って行きません。
肺の中の空気がなくなったら、陰圧が生じて肺に空気が入って行くのが自然な呼吸ではないでしょうかね〜。
普通、上下する横隔膜を意識するのは健康診断で聴診器をあてられた時ぐらいですよね。

な〜んて書きましたが、2013年に復帰した時には、私の最大の悩みは「息継ぎ」でした。(他にも運指が思い出せないとか、老眼で楽譜が見えないとか、いろいろな悩みがありましたけどね)
一体、どこでどれだけの息を吸ったらフレーズを切らずに吹けるのか…真剣に悩みました。
息継ぎの箇所が見つからずに酸欠になったこともしばしば…。

でも、復帰して5年経って思うんです。
人間だもの、息はしなきゃいかんよね、やっぱり…と。

作曲家が管楽器奏者であることは稀で、管楽器奏者だとしても自分で演奏しながら曲を書くことはまずないと思うので、延々とスラーが続いていて「こんなに息が続かない〜っつーの」という曲はたくさんあります。
だったら、そのスラーを切って息継ぎをする箇所を作るしかありません。
人間だもの…。

その時に、自分で納得のいくフレーズを作ればいいんじゃないのかなぁと思います。
それは音楽の解釈、表現と関連することだと思うので、可能性がある息継ぎ箇所を見つけて、どちらが音楽的に「いい感じがするか」を、何度も試しています。また、他の奏者はどこで切っているのかなぁと音源を聴いて比べたりもします。

肺の容量には個人差があるので、たった一つの正解はないんじゃないかなぁ。
たとえレッスンの先生が「ここで息継ぎ」って言ったとしても、その先生は私ではないので同じところまで息が続くとは限りません。音楽的に自分が納得のいく(あるいは妥協できる)息継ぎ箇所を見つければいいだけのことです。

エラがついていて呼吸しなくてもよかったら楽だろうなぁと思いますが、時間をかけて循環呼吸を練習しようとは思いません。
それよりもしたいことがたくさんあるのでね〜。

「どう息を続かせるか」を悩むよりも、「音楽的に何がいいか」を考える方が効率的なんじゃないのかなぁというのが5年かけてたどり着いた結論です。

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攻めてるのか雑なのか…??

Bernsteinのクラリネット・ソナタ、長い間Sang Yoon Kimという奏者の演奏を聞いていました。
私はこの人の音、演奏のスタイルが大好きです。
他の人はどんな風に演奏しているのかなぁと思って、今回新たに聞いてみたのがフランス人奏者の演奏。

これがまぁすごかった。
最初はピアノがすご〜く攻めてる演奏で斬新!って思ったんですが、よ〜く聞くとかなり雑。
クラリネットも負けちゃいませんよ。
2曲目の冒頭は3つぐらいの音が半音ずつずれていて、音階的に異国情緒たっぷりっていうか、短調なんだか長調なんだかわからん状態に…。車の中で悶絶しました。
しかも、その演奏をCD化して発売しちゃうってどうよ??
Bernsteinのソナタには改訂版とそれよりも古いバージョンがあるらしいので、フランス人の奏者はきっと違うバージョンを演奏したんだよって思うことにします。

このCDにはGershwinのPreludesとか面白い曲がたくさん入っているので、CDを買ったことは後悔していませんけどね…。
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吹っ切れない時もある…

夏からず〜っと演奏したいと思っていたMessiaenの『Quatuor pour la fin du temps』、夏休みにかなり練習しました。
ECMにチェロがいるとかいないとか考えなくてもいいように『Abîme des oiseaux』をメインにして、ECMの先生に「演奏してみたい」と申し出てOKをもらうことができ、先学期は全力で取り組みました。車の中でもオフィスでも毎日毎日聞いていました。クラリネット以外のパートを聞いても、何楽章のどの辺を演奏しているのかわかるぐらい聞き込みました。
だから、先学期の終わりに先生が「他の楽章も演奏したい?」と、次の演奏会の曲の候補にしてくれた時には天にも昇るほど嬉しくて、冬休みにも毎日練習しました。
でも、音楽科の大学院生のプロジェクトとかぶるから…という理由でECMでは演奏できなくなっちゃった。それ以来、心の中がざわつくのでこの曲が聴けなくなりました…。

車の中で聞いているmp3の音源は、今学期に練習しているLutoslawskiのtrioの後にMessiaenが入っているので、trioが終わって次の曲が始まりそうになると慌てて曲を飛ばしたり、他の音源に切り替えています。そんな自分が嫌になったので、今日は新しい音源をCD-ROMに入れました。Messiaenを抜いて、他の好きな曲を容量一杯まで入れたので、明日から曲の変わり目にジタバタせずに聞けそうです。

今はLutoslawskiのtrioを頑張っているんですが、心の奥のどこかに吹っ切れないものがあるんだなぁと思います。
そんな時もあるさ…。
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否定されているようで響いてこない

たまたま目にしたある先生のメール講座を購読しています。
体に優しい奏法を提案なさっている先生のものなので興味があったからです。
トピックはソルフェージュの大切さ等で、毎日メールが届きます。

でもね〜、なんて言ったらいいのか、「心に響いてこない」っていうのが率直な感想。
内容はいいこと書いてあるし、「はい、ごもっとも!」…って思うんだけど、どっか距離を感じるんだよね〜。

それはなぜなのか?

「今あなたがやっていることは正しくない。こうしなければダメ。こういうことを知らなければムダ」っていう感じの、否定的なメッセージを常に感じてしまうからです。書き方とか文末の表現の問題だろうなぁと思うんですけどね。

クラリネット奏者の大半は、少ない時間を使って演奏活動を続けているアマチュアなのに、おそらく最初は学校の先輩から吹き方を習って見よう見まねで始めた人がほとんどなのに、「やっぱり専門的なことも知らないと…」って言われちゃうとね〜。今いるところから100歩ぐらい戻って始めなきゃ…って考えちゃって気が重くなる…。

少ない時間でも、レッスンに行く時間がなくても、独学でちょっとでもいい方向に行けるような小さいヒントを書いてくれよ〜って思うんだけれど、ふむ、それじゃあレッスンの受講生増加にはつながらないのか?
「こうしないと、こうなる(否定的な見通し)」的な記述になってしまうのは、「レッスンを受ければ、こうなる(肯定的な見通し)」の裏返しってことでしょうかね〜。

読むとちょっと否定的な気持ちになることが多いので(今やっていることに自信が持てなくなるので)、取り敢えずは削除はせずに溜めてある状態です。いつか心に余裕があって元気な時に読もうっと。
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とんでもない曲が来た!

ECMの先生に頼まれた作曲専攻の学生の曲、第2弾はECMでオーボエ、ピアノを担当している学生の作品です。
ようやくPDFで楽譜が届きました。
タイトルは『Internal Monologue』(内面の独白?一人芝居? ←練習中に何かと独り言の多い私にはぴったり??)

取り敢えず今練習している他の学生の曲をこの水曜日に録音することになっているし、この作品を録音するのは3週間ぐらい先だから〜とタカをくくっていたら、とんでもない曲が来た!!!

無伴奏のクラリネットのソロの曲で四分音(quarter tone)あり…。
まじか…………………………。
ずっと温めている私が好きな曲の中には四分音のある曲もあり、「さすがにそれは大変だ」とお蔵入りさせているっていうのに、ここに来て学生のお手伝いで四分音ですかぁぁぁぁ。

flutter tonguingもバリバリ出てくる〜。

何拍子っていうんでもなく、小節線もなく、5ページ延々とソロ。
これってECMの演奏会で演奏するってことになったら、丸々1学期かけて練習するようなレベルの曲ですよ。あ〜、やばい。

3週間ぐらい後には録音の予定なんですが、そんなに早くできるようになるとは思えないっす。

あ〜、なんてこった。

取り敢えず楽譜を印刷して(ま、そうだな)、自分がカウントする時の1単位(1拍)相当のところにどんどん区切りを入れつつ音符の長さを確認して、四分音の運指を確認して…音を出すのは水曜日に第1弾の録音が無事に済んでからってことで何とかなるかな…。先生か作曲者本人に一度練習を見てもらえたらもっと安心だし、方向性がわかって捗るんですが、どうでしょうね〜。あ、録音の日程をできるだけ学期の終わりに移してもらわないと…これ重要。

こういう曲はクラリネット専攻の大学院生に頼んでくれればいいのにさ〜。
ECMの先生は私をoverestimateする傾向が強いのが毎度悩みのタネであり、問題の元です。
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治った〜!…でも、何だったんだろう?

水曜日から左手首を中心に日常の小さい動作で痛み出て、「あ〜、2017年に発症した関節リウマチ、最初はこうして始まったんだよね…」と、ど〜んより暗い気持ちになっていました。これが右手なら、利き腕なので無理したのかなと思いますが、左手だけが痛くなる原因が思い当たらなくて…。

2年前の冬学期、手首が痛くて黒板に文字を書くのが辛かったり、寝違えたように首が回らなくて運転中の確認が大変だったりしましたが、まさかそれの再発?
湿布をしてサポーターを巻いて辛抱すること48時間、今日の夕方になって痛みがほとんど消えました。

あ〜、一体何だったんだろう…。
リウマチの治療を始めた頃の手首のカクカクした感じがあって、それも私を不安にさせました。
関節破壊の進行が再発したのかなぁ…って。

現在、リウマチは寛解期…これは完治ではないので、また症状が再発する可能性は否定できません。
寛解期のうちに、自分が演奏したいと思う曲をどんどん演奏しなくちゃ…と改めて思いました。
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この手があったか!

昨日、LutoslawskiのTrioの第1曲の最後の連符部分をもう一度聞いてみて、「なるほど、この手があったか!」と思いました。
困っているのはアルティッシモ音域で装飾音が毎回フレーズの頭についている下の連符。
私は律儀な性格なので音を全部を入れようと思って苦労して来たわけですが、同じ長さの時間に全部入りっこないっす。
だったら装飾音をカットしちゃう?って一瞬考えたんですが、この連符は装飾音があった方がチャラチャラした感じで聞き映えがいいんです。(←そのための装飾音だしね)

しつこく音源を聞きながら、「どうやったら全部入るんだろうなぁ」と考えていて、ハタとひらめいた!
この際だから連符本体の最後の音をカットして隙間を作り、そこに装飾音を入れればいいんじゃないだろうか〜。
こんなあざとい手段を思いつきましたよ〜。これなら絶対うまく行く!!!

その後に出て来る実質6連符の1個目の動きも私にはかなり難しいですが、これは練習すれば何とかなりそう。
よ〜し、この手を試してみよう…バレないかもしれないし…(ニヤリ)

あ〜、こういうことって中々思いつかないんですよね〜。先生がいたら教えてもらえるのかな?
少なくとも前にアメリカでレッスンを受けていた先生は息継ぎのために1つ音をカットするとかいうことに全く抵抗がない人だったので「じゃあこの音を省けば?」って言ってもらえたかも…。

という思いつきを実践すべく、今日は練習に行くぞ〜と張り切っていたのですが、仕事がらみでごたついて断念。
明日はECMの初合奏です。頑張ろう!
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行く年来る年

2013年の夏にクラリネットに復帰して丸5年と数カ月が経ちました。

2018年を振り返って…と思ったのですが、クラリネットを吹いていることがあまりにも日常に溶け込んでしまっていて…。
ECMの3回のコンサートでは、3月の演奏会でLeo Sowerbyの『Sonata for Clarinet and Piano』(1944)を演奏したことが一番印象に残っています。とにかく難しかった…ゆったりした楽章も歌いにくい中音域が続いたのと、ピアノの動きが謎すぎて、どこで合わせたらいいのかきっかけがいつまでもわからなくて「ピアノの音に溺れてしまう〜」と不安が募り、合奏練習中に伴奏していた先生に涙目で訴えたこともありました。速い楽章は休符がほとんどなく吹き終わると「す、座らせて…」と言いたくなるような疲労感…。この曲は自分では決して発見できない曲で、最初のうちは「どこが楽しいの?」と気持ちが入りませんでしたが、振り返ってみると、とても素敵な曲でした。

春の演奏会ではMarcel Chyrzynskiの『Quasi Kwazi』を吹きました。Chyrzynskiに出会ったのは2016年の夏、そこから『Quasi Kwazi』3部作にのめり込んでいましたが、今は少し熱が冷めた感じ…。残り1曲の『Quasi Kwazi III』には何年か後にまた取り組みたいです。クォーター・トーンなどあって、すごくchallengingな曲ですが、できそうな気がするので…。(←何処からくるんだ、この自信?)

秋の演奏会ではOlivier Messiaenの『Quatuor pour la fin du temps』から第3曲の『Abîme des oiseaux』を…。
本番直前のステージリハーサルが最悪で(←私にはよくある出来事…)、でも本番はほぼ思ったように演奏できて、ものすごく達成感がありました。これでクラリネットを終わりにしてもいいかなぁ…と一瞬思ったほど。ほんの一瞬ね、やめませんよ〜。
この曲は記譜上で「ものすごく難しい」という部分はないんです。ただただ解釈と表現が難しい曲でした。そして普段は高音域でチャラっとごまかしているのに(←高音域でちょっと速い連符がキマれば、それなりに上手に聞こえるじゃないですか〜、ぶっちゃけた話)、この曲のように、中音域、低音域でものすごく重いテンポで歌い上げるっていうのは初めてで、その音域で音を綺麗に響かせることをものすごく意識して練習しました。これはいい経験になりました。

flutter tonguingができるようになったことも2018年の出来事の一つですかね〜。断続的にですが、もう2年越しで練習していますからね。ようやく新しい技が覚えられたか!って感じです。総合的には2017年よりも上手になったと思います。指も動くようになったし、年の功で曲の理解や表現も上達しました。関節リウマチの痛みがmaxだった2017年は、クラリネットなんか吹いている場合か?と思う日もたくさんありましたが、今年は症状が安定してあまり不安を感じないで吹けたのが嬉しいです。

…で、今は『Quatuor pour la fin du temps』の他の曲に取り組みつつ、Bergの『Four Pieces, Op.5』とLutoslawskiの『Trio for oboe, clarinet, and bassoon』も並行して練習中。

2019年は、残り2回のECMの演奏会でいい演奏をするということがまず一番大事な目標です。
今年度一杯でECMの先生が引退なさった後、自分がモチベーションを保ちつつクラリネットを続けていくことが課題です。演奏会がなくても基礎練習をし、曲に取り組んでいけるのかどうか、全ては自分のモチベーション次第です。

2019年の夏には復帰から6年、クラリネット歴が合計13年になります。
「15年吹き続ければある程度のことは難なくできるようになる」というトランペット吹きの元・日本語のクラスの学生が言っていたことを信じて、そこまでは絶対に頑張ろうと思っています。
アメリカでいい先生を見つけてレッスンを受けるのもアリかもしれません。でもね〜、先生がいると、それはそれで自分の好きなようには演奏できなくなりそうな気もするし…ま、じっくり考えよう…。
何はさておき、今はまずECMの演奏会に向けて頑張っていこうと思います。

そんな1年の振り返りでした。

クラリネットは楽しいです。でも難しい…難しいから楽しい。でも楽しいと思えるところまでが難しい…なんか複雑です。何年やっても次々に課題があり、それを克服しても次の課題があり…。でも、一言で言えば楽しいです。

来年も楽しく演奏しましょう!
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年間の練習日数

2015年の2月下旬に始めたこのブログですが、年毎に練習の日数を見てみると、
   2015年:238 (ブログ開始前の1月、2月の分が記録されていないから実際は+40日はあったはず)
   2016年:299
   2017年:279 (関節リウマチと診断され、その痛みが酷かった時期に練習を休んだので少なかったかも)
   2018年:286 (まだ数日残ってるけど…)

おそらく平均すると1年間に285日ぐらいは練習しているんだろうなぁ…と思います。
週の平均が5.5日、だいたい自分の実感と合っている感じ。
大学生の時もバイトがあったりして練習できない日があって、だいたい今と同じぐらい練習していたような気がします。

2013年に復帰した時に25年ぐらい眠らせていた楽器をオーバーホールしてもらった時に、お店の店長さんとは「週に2、3回、1回30分から1時間ぐらい練習できればいいですね」な〜んて話をしたのですが、そんなもんじゃ済まなかったわ…。
多分、音楽科の練習室の利用時間は私が一番多いと思います。
最初はできるだけ人がいない時間に行って、コソコソ練習していましたが、今は何も怖いものないっす。

今の練習環境は完璧です!
あと数年、ECMを卒業した後も何気に練習室を使わせてもらえますように…。
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